ノンフィクション

ユング心理学入門




はじめの一行

はしがき

スイスの精神医学者ユングの名前は、フロイトやアドラーとともに精神分析の発展に尽くした人として、わが国でもよく知られている。そして、ユングによってはじめて用いられた「コンプレックス」、「内向--外向」などの用語も広く一般に知れ渡っている。ところが、実際に、彼の心理学の内容については、案外に知らない人が多いように思われる。ヨーロッパにおいては、心理学、精神医学の分野のみらず、広く宗教や芸術など文化的な問題にも関連するものとして重要視されているユングの心理学が、わが国においてあまり理解されていないのは誠に残念なことである。

ユング心理学入門(河合隼雄)

今から50年近く前に初版が出版された本書。
今では、ユングと言えば河合隼雄氏。
河合氏はユング心理学だけでなく、文化人の一人として独特の地位を気づいたような気がします。

一応、ユングが言い出した言葉のうち、一般に知られていそうな話が取り上げられて、読者との距離感をちぢめる工夫がされているようにも見えます。

本書の内容

カウンセリングの現場から見たユング

ユングと言えば、人類の共通の無意識だとか、割と派手な話を期待してしまいます。
私もそのひとりでした。
しかし、本書はもっと地に足の着いた内容で、ある意味重くもあります。

たとえば、こんな一説がありました。
「風はなぜ吹くのか?」と子どもが尋ねたとします。
直訳すると、Whyの疑問です。
しかしたいてい大人は、「気圧の違いで・・・」とかいう説明をします。
これは、Howという疑問に対する答えです。

本質的なWhyの疑問に答えていないんですね。

じゃあ、結婚を目前に控えた人がパートナーを交通事故で失ったとします。
たいてい、「なぜあの人は死んでしまったのか?」と言います。
その時に、Howの答えを出すとすると、「脳挫傷で」とか「出血多量で」ということになる。

ここには本来、本質的な人の生死にかかわるある意味、宗教的・哲学的意味をこたえなくてはならなくなります。
そうなるとWhat、つまり何がそうさせるのか、という問いに至る。

しかし、じゃあ、風の話にせよ、交通事故の話にせよ、これに答えを出せばいいのか。
心の傷を負った人をまえにして、それがゴールじゃない。
ゴールはその人の気持ちの均衡を創り出すことにある。

ユングの心理学は、分析心理学と言いますが、実際は目の前の患者に心の均衡をもたらすものらしい。(私のイメージはちょっと違ってましたが)

そうした時に、「なぜ」という問いにどうこたえるか。
このむずかしさを初めに訴えています。

ユングの解説本ではない!?

ということで、本書をユングのことを軸に、ユングを解説した本かというとちょっと肩透かしを食らうかもしれません。
どちらかというと、中心にあるのは人間。
特にクライアントが中心です。
そして、そのクライアントに対する河合氏の反応がとても印象的でした。

クライアントの表現に対して、「このみずみずしい命の・・・」とかいう感想がとても多いんです。
ああ、この人は本当に人間というものが好きというか、関心の対象であり続けた人なんだろうな、というのがよくわかります。

河合氏の目で見、カウンセリングの現場でみたユングの断片が本書だと私は解しました。
もしそのような本が読みたいなら、本書はおすすめできる作品と言えます。

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